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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(オ)788号 判決

上告人 古田造

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点及び第四点について

原審の適法に確定したところによれば、(1)本件鉱業権は、昭和三二年三月一一日訴外中島勉によつて設定を出願され、昭和三三年一月二〇日その許可がされ、同年二月一三日登録された石灰石試掘権であり、上告人は、昭和三三年四月一一日右権利を中島から買い受けて取得し、同月一四日その登録を経由したこと、(2)高知県内を流れる日下川は、仁淀川の支流で、昭和二一年の南海大地震以来地盤が沈下し、水害がしばしば起つたので、被上告人国は、地元住民の要望に基づき、日下川の改修工事を施行し、その一環として、日下川と仁淀川を結ぶ全長三六九六メートルの水路を開設したこと、右水路は、平野部において暗渠、山間部においては隧道で構成され、隧道部分は全長一五五〇メートルの第一号隧道と全長一三八八メートルの第二号隧道とに分かれているが、第二号隧道の一部約一〇〇メートル(以下「本件隧道」という)が本件鉱区内の地下を通つていること、(3)被上告人国は、昭和二九年二月ころ工事に着手し、遅くとも昭和三〇年一〇月ころまでには本件鉱区内に本件隧道を開設する計画を具体的に立てたうえ、土地所有者との間に締結した土地使用貸借契約によつて取得した土地使用権原に基づいて、昭和三二年四月ころには第二隧道の掘削を開始し、昭和三三年五月から六月末ころにかけて本件隧道を掘削し、昭和三四年三月ころには本件隧道部分の工事を完成したこと、以上の事実が認められるというのであり、右事実関係のもとにおいては、公の営造物たる本件隧道施設設置の結果、本件鉱業権の行使に鉱業法六四条所定の掘採制限を課せられたことをもつて、上告人が違法に権利を侵害された場合にあたるとはいえず、上告人は被上告人国に対し、その損害の賠償を請求することができないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当であり、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊 本林譲)

上告理由〈省略〉

【参考】第一審判決(高知地裁 昭和三四年(ワ)第三六六号 昭和四八年七月九日判決)

主文

被告は、原告に対し、金三万一、二〇〇円およびこれに対する昭和三四年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の主位的請求ならびに予備的請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することがで きる。

被告において、金一万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判〈省略〉

第二当事者双方の主張

一 主位的請求について

1 請求の原因

(一) 訴外中島勉は、高知県吾川郡伊野町大字大内において、高知県試掘権第三、八〇九号大内鉱山の石灰石鉱業権(昭和三四年六月二三日登録、以下単に本件石灰石鉱業権という、なお右登録を受けた土地の区域を本件鉱区と略称する。)を有していたところ、原告は、昭和三三年四月一一日、これを右訴外人から買い受け、同月一四日、その旨の登録を経由した。

(二) ところが、被告は、準用河川日下川の河川改修工事の一環として、同県高岡郡日高村暮月の日下川河岸から同県吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ直線上に水路を開鑿することを計画し、訴外高知県知事が被告の機関委任事務として、昭和三九年二月頃、該工事に着手した。そして、被告は、原告が本件石灰石鉱業権を前記場所に有しこれを侵害する結果になることを知り、または、少なくとも知り得べきであるのに、昭和三三年五月中旬から同年六月末にかけて原告の本件鉱区内を隧道施設設置のため掘り抜き、昭和三四年三月頃、右掘鑿個所に内径三・二メートル、外径約四メートル、長さ一九四メートルの馬蹄形隧道施設(以下単に本件鉱区内隧道施設と略称する。)を設置した。

(三) 原告は、被告の右本件鉱区内隧道施設設置工事に伴う石灰石の掘採ならびに該施設設置により本件石灰石鉱業権を侵害され、次のとおり、合計金二、八七九万三、七三四円の損害を蒙つた。

(1) 本件鉱区内から石灰石が掘採されたことによる損害金三万三、二〇〇円

被告は、本件鉱区内隧道施設設置工事に伴い、本件鉱区内から石灰石二、四〇〇トンを掘採した。そして、その石灰石を隧道とか暗渠の施設、あるいは亀谷運搬道路、南の谷運搬道路の埋立、石垣等に使用し、または亀谷土捨場、第二土捨場等に土砂と混入堆積し、いずれも原告の石灰石の採集を不可能にした。これによる損害は、石灰石一トン当りの価格金三〇〇円から山元原価(生産原価および一般経費)金一四七円および高知港までの運賃金一四〇円の合計額金二八七円を差引いた額金一三円に右掘採石灰石二、四〇〇トンを乗じた額金三万三、二〇〇円(但し、原告主張の数式により計算すれば、金三万一、二〇〇円が正しい金額となる。)である。

(2) 鉱業法第六四条の規定により掘採制限を受けたことによる損害金二、八七六万〇、五三四円

前述したように、被告が本件鉱区内に本件隧道施設を設置したことにより、鉱業権者たる原告は、鉱業法第六四条の規定により、該水隧道施設の周囲五〇メートルの場所において石灰石の掘採の制限を受けるに至つた。このことにより、本件鉱山はその価格を減少した。その損害額は、次のとおりである。すなわち、本件鉱区からの可採鉱量は、二〇四万九、〇〇〇トンであるから、この評価額は、ホスコルド公式(鉱山評価の一方式)により計算すると金五、三二四万五、〇〇〇円となるから、一トン当りの評価額は、金二五円九九銭である。しかるに、掘採制限を受けた石灰石の鉱量は、一一〇万、六〇〇トンであるから、これに前記一トン当りの評価額を乗じた額金二、八七六万〇、五三四円が損害となる。

(四) よつて、原告は、被告に対し、民法第七〇九条に基づき、右損害金二、八七九万三、七三四円およびこれに対する弁済期の経過した後である昭和三四年九月一八日から右支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

(一) 請求原因第一項記載の事実は認める。

(二) 同第二項記載の事実中、被告の故意過失の点を否認し、被告の設置した本件鉱区内隧道施設の構造・長さの点を除き、その余の事実は、認める。なお、本件隧道工事施工の経過について述べるに、準用河川日下川は仁淀川の支流で、その流域は、宇治川、波介川の各流域と共に仁淀川全平地部の約七〇%、三、〇〇〇町歩を占める穀倉地帯であり、かつ高知県東西を通じる主要交通路を包含している重要地区である。ところが、その流域は、奥に至る程土地が低く、従来から水害が絶えず、一度出水があれば、一〇数キロメートルにわたる耕地の大部分が冠水し、一望海となる状況にあつたが、昭和二一年の南海地震により更に全体的に一メートルに近い地盤の沈下をみたため、その被害は益々甚大なものとなつた。そこで、右の水害の危険を除去するため被告は「地盤変動対策事業取扱要綱」に基づき、総計約四億円の予算のもとに、右日下川の改修工事の一環として、高知県高岡郡日高村暮月の日下川河岸から吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ直線上に水路を開鑿することを計画した。そして、該計画によれば、水路の全長は三、六九六メートル、平地部は暗渠、山間部は隧道によることとし、隧道は、第一号が一、五五〇メートル、第二号が一、三八八メートルである。なお、本件鉱区は、これが水路の中央より下流寄り、第二号隧道の概ね中央に位置しているのである。被告は、右計画に基づき、昭和二九年二月右水路工事に着手し、その後工事は順調に進行し、昭和三〇年度には第一号隧道の掘鑿に、また昭和三一年度には第二号隧道の掘鑿に着手した。本件で争われている第二号隧道については、昭和三一年度末から上流・下流の双方から掘り進め、本件鉱区は、昭和三三年五月中旬から同年六月末にかけて、下流から上流に向け掘り抜いている。ところで、右本件鉱区内隧道工事期間中に原告から被告に対し工事中止の申し入れがあつたのであるが、被告としては、原告の本件鉱区は精密な実測図に基づいて設定されたものではなく、従つて、右鉱区と右第二号隧道との位置関係について当時は全く不明確な状況にあつたのみならず、右第二号隧道の工事の大半が完成されていたので、原告の工事中止の申し入れを無視してこれが工事を完成させたのである。

(三) 同第三項(1)記載の事実中、被告が掘採した石灰石の量が二、四〇〇トンであることは認める。該石灰石の処置につき、被告は、はじめ原告の主張事実を認めたが、右陳述は真実に反し、かつ錯誤に基づいてなしたものであるから、右自白を撤回し、改めて原告の右主張事実を否認する。右石灰石は、鉱業法第八条の規定により原告の所有となるのであるから、訴外高知県知事は、これをすべて亀谷土捨場に集積し、原告のために保管し、かつ原告に対しその引き取り方を申し入れているのである。従つて、原告は、石灰石の掘採によりその所有権が侵害されたということにはならない。次に、石灰石一トン当りの高知港までの運賃が金一四〇円であることは否認する。かりに損害ありとするも右運賃は一トン当り金一六〇円を下らない金額をもつて計算すべきが妥当である。

同第三項(2)記載の事実中、原告が掘採制限を受けたと主張する石灰石の鉱量は四二万九、七〇〇トンの限度で認めるがその余の部分は否認する。

鉱業法六四条による掘採制限は、法律の結果により当然生ずるものであるから、法律上の明文がない限りそもそも損害賠償の対象にはならないものであるが、かりに鉱業権設定後に公共用施設を設置した場合に損害賠償の請求が可能としても、本件においては、準用河川日下川の改修工事が進行し、本件鉱区がその予定地になつていたのであつて、その後に本件石灰石鉱業権が設定されたのであるから、原告は、本件鉱区内隧道施設設置を予見し得たものというべく、掘採制限を理由に損害賠償の請求はできないものといわなければならない。しかも、本件においては、試掘権を設定したのみであつて、現実に掘採していたものではないのであるから、試掘権者である原告には、格別の損害はないものといわなければならない。

なお、原告が主張するホスコルド公式(鉱山評価の一方式)は、電源開発に伴う損失補償基準(昭和三八年一二月二八日電気事業者宛通商産業大臣三八公第六一三九号通牒)第二三条第二項(一)の方法と同一であるところ、該算式は、操業中の鉱山についてあてはめるべきものであり、本件鉱山は未着手で操業までに据置期間の必要な鉱山であるから、右算式を本件鉱山にあてはめることは相当でない。

3 抗弁

(一) 被告は、昭和三〇年一一月頃、本件隧道の貫通している関係土地所有者全員との間に、本件隧道施設を設置するためその土地の使用を目的とする使用貸借契約を締結し、その使用権に基づき右隧道工事を施工したものである。それというのも、もともと右工事は、専ら地元住民の利益のために計画され、地域住民の熱烈な要望によつて推進されてきたものであるから、関係土地所有者等が右工事に反対するいわれはなく、被告が右工事のため土地を使用するについては、関係土地所有者等が地元有力者により組織されていた開発促進期成会等を通じて早くから表明されてきたところであり、そのことは工事中も同様であつた。従つて、被告が本件鉱区内隧道工事施工によつて埋蔵鉱物を掘り出すことがあつたとしても、その工事の目的が準用河川日下川の改修工事であつて、もとより鉱物の掘採若しくはその探査ではないのであるから、被告の右工事施工は、正当な権限行使というべきで、被告の右工事は、原告の鉱業権を侵害したということはできず、民法上の不法行為を形成しないことは勿論である。

(二) かりに、原告の主張するとおり、被告が本件鉱区から掘採した石灰石を道路の埋立等に使用したとしても、原告は、昭和三三年四月二二日と同年五月八日の二回にわたり、被告に対し、右掘採石灰石については新設道路の埋立等に使用してもよい旨の意思を表示した。従つて、原告は、この点に関する限り、損害賠償請求権を放棄したというべきである。

(三) また、本件隧道施設を管理している訴外高知県知事は、昭和三五年一月七日本件鉱区内隧道施設に支障を及ぼさないことを条件に五〇メートル以内の場所についての掘採について承諾を与えたのである。従つて、原告には、掘採制限による現実の損害があるとはいえない。

(四) 本訴は、昭和三四年九月二日、一個の債権の数量的な一部金五〇万円についてのみ支払いを求める旨明示して提起されたものであるが、右訴の提起による消滅時効中断の効力は、右の当初訴求金額金五〇万円の範囲についてのみ生じ、その後昭和四三年二月二三日に至つてなされた請求の拡張により訴訟物となつた残額金二、八二九万三、七三四円については、その効力が及ばないと解すべきである。そうであるとすれば、原告が右残額金について請求を拡張したときは、被告が本件鉱区内隧道工事に着手した昭和三三年五月頃から既に三年を経過していた。従つて、被告は、本訴において右残額部分につき右時効を援用する。

4 抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)記載の事実は否認する。

(二) 抗弁(二)記載の事実は否認する。

(三) 抗弁(三)記載の事実は認める。但し、訴外高知県知事の付した条件は、実際に原告が本件鉱区から石灰石を掘採する作業を開始した場合到底履行できないものであつて、事実上掘採制限による損害の発生することは明らかである。

(四) 抗弁(四)記載の事実中、本訴が昭和三四年九月二日、一個の債権の数量的な一部金五〇万円についてのみ支払いを求める旨明示して提起されたものであること、その後昭和四三年二月二三日、残額金二、八二九万三、七三四円につき請求を拡張したことは認める。右残額債権につき時効が完成した、との被告の主張は争う。

なお、被告の前記自白の撤回については異議がある。

二 予備的請求について

1 請求の原因

(一) 原告は、高知県吾川郡伊野町大字大内において、高知県試掘権第三、八〇九号大内鉱山の石灰石鉱業権(昭和三四年六月二三日登録)を有しているところ、被告は準用河川日下川の河川改修工事の一環として、原告が本件石灰石鉱業権を前記場所に有しており、自己が法律上の原因のない利得をすることになるのを知りながら、主位的請求原因(二)に記載したとおり本件鉱区内隧道施設を設置した。

(二) そして、被告の右隧道施設の設置により、原告は主位的請求原因(三)に記載したとおり、本件鉱区から石灰石が掘採されたことにより生じた損害金三万三、二〇〇円と掘採制限を受けたことによる損害金二、八七六万〇、五三四円の合計金二、八七九万三、七三四円の損害を蒙つた。

(三) よつて、原告は、被告に対し、民法第七〇四条後段に基づき、右損害金二、八七九万三、七三四円およびこれは対する弁済期の経過した後である昭和三四年九月一八日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

(一) 請求原因第一項記載の事実中、被告が悪意の受益者であるとの点を否認し、被告の設置した隧道の構造・長さの点を除き認める。

(二) 同第二項記載の事実中、被告の掘採石灰石の量が二、四〇〇トンであることは認めるが、石灰石一トン当りの高知港までの運賃が金一四〇円であることは否認する。

被告が掘採した右石灰石は鉱業法第八条の規定により原告の所有となるのであり、訴外高知県知事はこれをすべて亀谷土捨場に集積して原告のために保管し、かつ原告に対しその引取方を申し入れているのであるから、原告は石灰石が掘採されたことによりその所有権を侵害されるいわれがなく、その損害は存しないといわなければならない。またかりに損害ありとするも高知港までの運賃は一トン当り金一六〇円を下らない金額をもつて計算すべきが妥当である。

また、公共施設である本件鉱区内隧道施設の設置により、鉱業法第六四条の規定により掘採制限を受けることはいうまでもないことであるが、その制限を目して直ちに被告が法律上の原因のない利益を受け、それがために原告に損失を及ぼしたことにはならないと解すべきである。

3 抗弁

(一) 被告は、昭和三〇年一一月頃、本件隧道の貰通している関係土地所有者全員との間に、本件隧道施設を設置するためその土地の使用を目的とする使用貸借契約を締結し、その使用権に基づき右隧道工事を施工したものである。従つて、被告が本件鉱区内隧道工事施工によつて埋蔵物を掘り出すことがあつたとしても、その工事の目的が準用河川日下川の改修工事であつて、もとより鉱物の掘採若しくはその探査ではないのであるから、被告の右工事施工は正当な権限行使というべきであり、民法第七〇三条にいう法律上の原因なくしてなしたことにはならない。

(二) かりに、原告の主張するとおり、被告が本件鉱区から掘採した石灰石を道路の埋立等に使用したとしても、原告は、昭和三三年四月二二日と同年五月八日の二回にわたり被告に対し右掘採石灰石については新設道路の埋立等に使用してもよい旨の意思を表示した。従つて、原告は、この点に関する限り、損害賠償請求権を放棄したというべきである。

(三) また、本件隧道施設を管理している訴外高知県知事は、昭和三五年一月七日本件鉱区内隧道施設に支障を及ぼさないことを条件に五〇メートル以内の場所についての掘採について承諾を与えた。従つて、原告には掘採制限による現実の損害があるとはいえない。

4 抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)記載の事実は否認する。

(二) 抗弁(二)記載の事実は否認する。

(三) 抗弁(三)記載の事実は認める。但し訴外高知県知事の付した条件は、実際に原告が本件鉱区から石灰石を掘採する作業をした場合到底履行できないものであつて、事実上掘採制限による損害の発生することは明らかである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一 先ず、主位的請求の当否について検討する。

1 主位的請求の原因第一項の事実ならびに同第二項の事実中、被告の故意過失および被告の設置した本件鉱区内隧道施設の構造・長さの点を除き、その余の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2 そこで、本件鉱区内隧道施設の構造・長さの点について検討を加えるに、〈証拠省略〉を総合すると、本件鉱区内隧道は、内径三・二メートルであつて、その外側には、石灰石の存する固い地盤の個所で三〇センチメートル、その他の個所で五〇センチメートルのコンクリートによる巻厚を施してあること、そして、本件鉱区内における長さは約一〇〇メートルであること、が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 そこで、次に、被告の本件鉱区内隧道施設工事に伴う石灰石の掘採およびその設置の違法性・損害の有無について検討を加える。

(一) 本件鉱区内から石灰石が掘採されたことによる損害について

(1) 被告が、本件鉱区内から石灰石二、四〇〇トンを掘採した事実は、当事者間に争いがない。

(2) 原告は、被告が掘採した石灰石の内一部分を隧道とか暗渠の施設、あるいは亀谷運搬道路とか南の谷運搬道路の埋立、石垣等に使用した旨主張し、被告は、はじめこれを認めたが後にこれを撤回し、これに対し原告の異議が述べられているので、この点について検討を加える。

〈証拠省略〉によると、本件隧道工事は、東西に接続する、西部の第一号隧道と東部の第二号隧道に分かれ、そのうち、石灰石の鉱床に行き当たつたのは、第二号隧道の第三斜道と亀谷斜道との中間付近で、右各斜道よりそれぞれ掘鑿が進められて、約四、〇〇〇トンの石灰石が掘採され、そのうち、第三斜道から約一、六〇〇トン、亀谷斜道から約二、四〇〇トン搬出されたこと、右二つの掘鑿工事のうち、本件鉱区に掛かつたのは、亀谷斜道から西方に向かつて掘り進められた分であり、それは、先ず昭和三三年二月一四日に亀谷斜道の掘鑿が開始されて同月二四日に竣功し、さらに翌三月から西方に向かつて第二号隧道工事に取り掛り、それより約一五〇メートル掘り進み、同年五月、はじめて石灰石の鉱床に行き当たり、以後約一〇〇メートルに渡つて、右亀谷斜道から搬出された約二、四〇〇トンの石灰石が掘採されたこと、一方、右第三斜道からの掘鑿工事は、昭和三一年二月五日に第三斜道の掘鑿が開始され、その竣功後、昭和三二年四月一日から東方に向かつて第二号隧道工事に取り掛かり、昭和三三年二月七日に竣功し、その間、右第三斜道から搬出された約一、六〇〇トンの石灰石が掘採されたこと、ところで、原告の主張する亀谷運搬道路は昭和三三年一月に着工して同年三月に竣功し、南の谷運搬道路は同年二月に着工して翌三月に竣功し、南の谷川に新築の石垣については、裏側の栗石には旧崖石の砕片が使用されるなど石灰石の使用は一切なされておらず、また、以上の他に、亀谷斜道から搬出された石灰石が工事等に使用された形跡は見当らず、かえつて、亀谷斜道から搬出の土捨場として使用された亀谷土捨場に相当量の石灰石の存在が現認されること、が認められ、右認定に反する〈証拠省略〉は前掲証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。右事実によれば、本件鉱区において掘採され、亀谷斜道から搬出された約二、四〇〇トンの石灰石は、すべて亀谷土捨場に運ばれ、同所に現存しているものと認められる。そうすれば、被告の自白は真実に反することになり、反証のない限り、被告の自白は錯誤によるものと推認されるから、被告の自白の撤回は有効である。

(3) ところで、本件鉱区内から掘採された右石灰石二、四〇〇トンの現存状況について検討を加える。

〈証拠省略〉によると、被告は、昭和三三年二月一四日、本件鉱区付近の亀谷斜坑の工事に着手し、同月二四日これを完成させ、次いでその南端から東西に隧道を掘り始め、一方は本件鉱区内に掘り進み石灰石を掘採したこと、他方は本件鉱区と反対方向であつて雑石を掘採したこと、ところが、この双方の隧道を同時に掘り右亀谷斜坑口に巻げ上げ、一条の軌道によつて亀谷土捨場に堆積したため、石灰石のみの堆積部分も一部存するが、他方雑石と混入堆積された石灰石もあること、そのため右亀谷土捨場に現存する石灰石は、部分的に商品価値はあるけれどもその部分だけを採取することは頗る困難で採算に合わないものとなつたこと、が認められる。そして他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

(4) ところで、鉱業法第八条第一項の規定によれば、本件鉱区から掘採された石灰石二、四〇〇トンは、鉱業権者たる原告の所有に帰することは明らかである。ところが、前記認定事実によれば、被告は、右石灰石を亀谷土捨場に無雑作に雑石と混入堆積せしめ、その商品価値を無に等しくしたものである。すなわち、このことは、被告が、少なくとも過失により原告の権利を侵害したものといわざるを得ない。

(5) そこで、次に、原告の蒙つた損害額について検討を加えることにする。

〈証拠省略〉によると、次の事実が認められる。

石灰石の販売価格については、自然的条件、経済的条件等により正確に確定し難い面もあるが、昭和三三年春頃から昭和三四年春頃までの間における高知港での一トン当りの販売価格は、金三五〇円から金四五〇円であつたこと、そして、本件鉱区において操業を開始した場合の石灰石一トン当たりの生産原価は金一三七円、一般経費は金九円であつて、その合計額の金一四六円が山元原価であること、そして、高知港までの運賃は、他の業者に請負わせるか否かによつて相違をきたすが、他の業者に請負わせた場合、昭和三六年五月当時において一トン当り金一二〇円から金一五〇円であつた。そして他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

果たしてそうであるとするならば、原告の蒙つた損害額は、石灰石一トン当りの高知港における販売価格金三五〇円ないし金四五〇円から山元原価金一四七円および高知港までの運賃金一二〇円ないし金一五〇円を差引いた額に石灰石二、四〇〇トンを乗じた額である。そうすると、石灰石一トン当りの販売利益は、少なくとも原告主張の利益金一三円を上廻ることは計算上明らかであるから、この金額に石灰石二、四〇〇トンを乗じた額金三万一、二〇〇円が損害であるというべきである。

よつて、この点に関する原告の請求は、右の限度において理由があるというべきである(原告は、金三万三、二〇〇円を主張するが、それは、誤算に基づくものである。)。

(二) 鉱業法第六四条の規定により掘採制限を受けたことによる損害について

(1) 被告が本件鉱区内に隧道施設を設置したことにより、鉱業権者たる原告は、該隧道施設の周囲五〇メートルの場所において石灰石の掘採をするには、鉱業法以外の法令の規定によつて許可又は認可を受けた場合を除き、管理庁又は管理人の承諾を得なければ石灰石を掘採し得ないことは、鉱業法第六四条の規定により明らかなところである。

(2) そこで、被告が本件鉱区内隧道施設を設置したことの適否について検討を加えることにする。

(イ) そもそも鉱業権は、鉱区内に存する登録を受けた未採掘鉱物およびこれと同種の鉱床中に存する他の未採掘鉱物を掘採し、およびこれを取得する権利であつて、鉱業法第一二条は、これを物権とみなしているが、鉱業権は、登録を受けた未採掘鉱物およびこれと同種の鉱床中に存する他の未採掘鉱物に対する支配権であつて、これらの物権に対する所有権ではない。鉱区は権利の範囲を定め、鉱物は採掘せられることのあるべき不確定な目的物に過ぎない。故に、鉱業権者は、他人の正当な利益を侵害しないかぎり鉱業権の当然の効果として鉱区内の地下使用権を有するといつても、土地そのものを目的とする土地所有権もしくは土地使用権とは別個の独立した権利であるから、たとえ鉱区内の土地といえどもこれを自ら占有し使用することは勿論土地所有者もしくは土地使用権者がこれを占有し使用することを制限し、もしくは禁止し得べきものではない。然るに、土地の所有権は直接その土地を支配し、権利者自らこれを行使すると他人をして行使せしむるとを問わず法令の制限を超えざる限りその支配は地表地下に及ぶものであつて、鉱業法第七条は、まだ掘採されない鉱物は、鉱業権によるのでなければ、掘採してはならない旨規定し、同法第一九一条第一項第一号は、鉱業権を有せずして鉱物を掘採する者を処罰する旨規定しているので、鉱物を掘採し、もしくは探査する目的を以つて隧道等工作物を設置することは禁止されているものと解すべきであるが、土地所有権者もしくは土地使用権者がその土地の行使をすることを禁止した法令の規定は存しないのみならず、土地の所有者もしくは土地の使用権者は鉱区内の土地についてもその形質を変更し工作物を新築する自由を有するものと解すべきであるから、たとえ隧道等工作物設置の工事の施工によつて土中の鉱物を掘り出すことがあつてもその工事の目的が鉱物の掘採もしくは探査でない限り隧道等工作物設置の工事を施工することは土地所有者もしくは土地使用権者の権能というべきである。従つて、右後者の場合、法律上鉱業権の侵害と目すべきものではなく、民法上の不法行為を形成しないものといわざるを得ない。

(ロ) これを本件について検討する。

〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が認められる。

(a) 準用河川日下川は、仁淀川の支流で、その流域は穀倉地帯である。ところが、その流域は、奥に至る程土地が低く、従来から水害が絶えなかつたところであるが、昭和二一年の南海地震により更に全体的に地盤の沈下をみたため、その被害は益々顕著なものとなつた。そこで、被告は、右の水害の危険を除去するため「地盤変動対策事業取扱要綱」に基づき総計約四億円の予算のもとに、準用河川日下川の改修工事の一環として高岡郡日高村暮月の日下川河岸から吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ直線上に全長三、六九六メートル、平地部は暗渠、山間部は隧道により、隧道は、第一号が一、五五〇メートル、第二号が一、三八八メートルの水路を開鑿することを計画するに至つた。

(b) 被告は、右計画に基づき、昭和二九年二月頃、高岡郡日高村暮月の日下川河岸の水路工事に着手した。そして、昭和三〇年一一月には第一号隧道の掘鑿に、昭和三二年四月頃には第二号隧道の掘鑿にそれぞれ着手した。そして、第二号隧道のほぼ中央付近が本件鉱区を貫通している。

(c) ところで、本件隧道工事は、被告にとつてもまた訴外高知県にとつても大規模な工事であり、且つその利害は、土地所有者のみならず多数の地域住民にも及ぶことから、被告より本件隧道工事の機関委任事務を受けた訴外高知県知事においては、本件隧道工事に着手する以前から地域住民に右工事計画について幾度となく聴聞会を開催して十分な意見交換をしたり、右工事に伴つて発生した場合の損失補償等について交渉を持つた。ところが、日下川流域の住民からは、右工事を積極的に推進するよう訴外高知県に対し要望があつたが、本件鉱区の存する地域住民からは日下川の水害を大内地区にもたらすものであるとの観点に立つての強い反対が起つた。そして、本件隧道工事が始まつた昭和三〇年一一月頃に大内部落民全員および波川部落の一部の人を以つて構成された日下川改修工事大内地区期成同盟会が結成された。勿論、同会には、本件鉱区付近の土地所有者も含まれていた。そして、当初、同会は、前記の理由で積極的に反対をしたのであるが、訴外高知県知事らの説得により、昭和三〇年頃、訴外高知県において同会の要求する条件、すなわち、大内地区に存する南ノ谷、中ノ谷の排水溝の修理と排水ポンプの設置を確約したことにより、本件隧道工事の施行を承諾するに至つた。そして、それと同時頃に、右隧道敷設のための土地使用の点についても訴外高知県に対し、その所有者から承諾が与えられたものである。そして他に右(a)、(b)の認定事実を左右するに足りる証拠はなく、右(c)の認定事実、就中土地所有者からその使用において承諾を得た、との点に反する〈証拠省略〉は、前掲各証拠に照らして措信できない。また、〈証拠省略〉は、本件鉱区あるいはその付近に土地を所有していると称する者が被告に対しその土地使用権を与えたことはない旨記載した書面であるが、該書面は、その作成された経緯、その性質等からして、また、前掲各証拠に照らして真実を伝えているものとは認め難い。他に、右(c)の認定事実を左右するに足りる証拠はない。

そうであるとするならば、被告の本件鉱区内隧道施設工事およびその設置に必要な土地使用については、その所有者から与えられた使用権に基づくものであるということができる。

(ハ) 従つて、被告の本件鉱区内隧道工事は、被告において使用権を有する土地において通水用の目的を以つて施工せられたことになるから、前述のとおり、原告の鉱業権の侵害を以つて目すべきものではなく、民法上の不法行為を形成しないものといわざるを得ない。従つて、原告の右請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、理由がないといわなければならない。

二 次に、予備的請求のうち、鉱業法第六四条の規定による掘採制限を理由とする損害金の請求の当否について検討を加えるこ とにする。

1 予備的請求原因第一項の事実中、被告の設置した本件鉱区内隧道施設の構造・長さの点を除き、その余の事実は、当事者間に争いがない。そして、前記認定のとおり、右隧道は、内径三・二メートルであつて、その外側には、石灰石の存する固い地盤の個所で三〇センチメートル、その他の個所で五〇センチメートルのコンクリートによる巻厚を施してあること、そして、本件鉱区内における長さは約一〇〇メートルである。

2 そこで、被告の右隧道施設の設置が、原告の主張する如く、不当利得を構成するか否かについて検討を加える。

そもそも不当利得制度は、公平に反する財産的価値の移動が行われた場合に、利得者からその利得を取戻して損失者との間に財産状態の調整を図ることを目的とする制度である。そして、利得者が他人の物または権利を使用収益または消費した場合、かかる利得者の受益行為は他人の財産に介入するものであるから、これをなすことを正当とせられる権利、例えば、賃借権・地上権その他の使用収益権を有しない限り違法であり、その利得は不当性を帯びるものである。右の場合において民法上不当利益の成立要件たる「法律上の原因なくして」とはかかる権利のないことをいうものと解すべきである。

3 これを本件について検討する。

前述したとおり、被告が本件鉱区内に隧道施設を設置したことは、土地所有者から付与された使用権に基づいてなしたものである。そうであるから、被告が右隧道施設を設置したこと自体を目して前記の意味における「法律上の原因なくして」なしたものということはできないというべきである。従つて、その余の点について触れるまでもなく、原告のこれを理由とする主張は失当といわなければならない。

三 結論

以上説示のとおり、原告の本訴主位的請求は、損害賠償金三万一、二〇〇円と、これに対する弁済期の経過した後である昭和三四年九月一八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の主位的請求ならびに予備的請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、担保の提供を条件とする仮執行免脱の宣言につき同法第一九六条第三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安藝保壽 上野利隆 林豊)

【参考】第二審判決(高松高裁 昭和四八年(ネ)第一五八号 昭和五〇年五月二九日判決)

主文

原判決を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年九月一八日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の主位的請求及び予備的請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

この判決は、金銭の支払を命じた部分に限り、控訴人において金二万五〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一 訴外中島勉が、高知県吾川郡伊野町大字大内において、高知県試掘権第三八〇九号大内鉱山の石灰石鉱業権を有していたところ、控訴人が昭和三三年四月一一日、これを右訴外人から買受け、同月一四日、その旨の登録を経由したこと、被訴控人が準用河川日下川の河川改修工事の一環として、同県高岡郡日高村暮月の日下川河岸から同県吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ線上に水路を開鑿することを計画し、訴外高知県知事が被控訴人の機関委任事務として、昭和二九年二月頃該工事に着手したこと、被控訴人が昭和三三年五月中旬頃から同年六月末にかけて、隧道設置のため本件鉱区内を掘り抜き、昭和三四年三月頃、本件鉱区内に隧道(本件隧道)(但し、その構造、長さの点は除く)の設置を完了したこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

次に、〈証拠省略〉によれば、被控訴人の設置した隧道は、内径三・二メートルであつて、その外側には、石灰石の存する固い地盤のところで三〇センチメートル、その他のところで概ね五〇センチメートルのコンクリートによる巻厚が施してあること、そして右隧道のうち本件鉱区内の隧道(本件隧道)の長さは約一〇〇メートルであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二 (掘採した石灰石の所有権侵害による損害賠償請求について)

(1) 被控訴人が、本件隧道設置の工事に伴い、本件鉱区内から石灰石を掘採したことは当事者間に争いがないところ、控訴人は、被控訴人が本件鉱区内から掘採した石灰石は合計三六四九トンであると主張するが(右控訴人の主張事実を認め得る適確な証拠はない。却つて、控訴人は、原審において、被控訴人が本件鉱区内から掘採した石灰石は二四〇〇トンであると主張していたこともあるのであつて、かかる事実に、〈証拠省略〉によれば、被控訴人が前記工事のため本件鉱区内から掘採した石灰石は、二四〇〇トンであると認めるのが相当である。

(2) 次に、被控訴人が本件鉱区内から掘採した石灰石二四〇〇トンは、鉱業法八条一項の規定により、掘採と同時に控訴人の所有に属していたものであるところ、その後被控訴人は、少くとも過失により、控訴人の右石灰石に対する所有権を侵害したものと認むべきであつて、この点に関する当裁判所の認定判断は、原判決一五枚目裏一一行目から一八枚目裏九行目まで〔編注:原判決理由一3(一)(2)から(4)まで〕に記載の通りであるからこれを引用する。なお、原判決一六枚目表四行目から六行目に掲記の各証拠と弁論の全趣旨によれば、右石灰石の所有権侵害による不法行為は、昭和三二年中になされたものであることが認められる。

(3) そこで右石灰石の所有権侵害によつて控訴人の蒙つた損害額について判断する。

〈証拠省略〉を綜合すると、昭和三三年春頃から同三四年春頃までの間における高知港での石灰石一トン当りの販売価格は、金三五〇円から金四五〇円程度であつて、平均約金四〇〇円であつたこと、当時の本件鉱区付近の鉱区における石灰石の一トン当りの掘採費は、少なくとも金二二〇円前後であつたこと、本件鉱区付近から高知港まで石灰石を運ぶ運賃は、他の業者に下請けさせるか否かによつて多少の相違はあつたが、昭和三三年当時において、他の業者に請負わせた場合の石灰石一トン当りの運賃は、平均して金一五〇円を下らなかつたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する〈証拠省略〉は、いずれもたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば、本件鉱区内から掘採した石灰石の昭和三三年当時における一トン当りの販売利益は、金四〇〇円から掘採費二二〇円と運賃金一五〇円をさし引いた残額の金三〇円であると認めるのが相当であるから、控訴人が前記石灰石二四〇〇トンの所有権を侵害されたことによつて蒙つた損害は、合計金七万二〇〇〇円というべきである。

30×2400(トン)=7万2000円

よつて右の限度を超える控訴人の請求は失当である。

三 (鉱業法六四条の規定により掘採制限を受けたことによる 損害賠償請求について。)

(1) 控訴人が本件鉱業権を取得したのは、昭和三三年四月一一日であるところ、本件鉱区内における隧道の設置工事は、その後の同年五月中旬頃から行われて翌三四年三月頃右工事が完成したこと、及び、本件鉱区内における隧道の長さは、約一〇〇メートルであることは、前記認定の通りである。したがつて、控訴人が本件鉱業権を取得した後に、被控訴人が右隧道施設を設置したため、鉱業法六四条により、控訴人が右隧道施設の周囲五〇メートルの場所において、本件鉱業権を実施して石灰石を掘採するためには鉱業法以外の法令の規定によつて許可又は認可を受けた場合を除き、管理庁又は管理人の承認を得なければならず、控訴人は、右所定の承認を得ない限り、右場所の石灰石を掘採することができない旨の制限を受けるに至つたものというべきである。

(2) ところで、国が一定の区域を鉱区とする鉱業権を設定した後に、当該鉱区内において公共用物を設置する公益上の必要が生じた場合には、元来鉱業法五三条の趣旨に従い、鉱業権者に対し、鉱区の減少の処分又は鉱業権取消の処分をとり、同法五三条の二によつて、鉱業権者に対してこれによる損害を補償すべきであつて、右の如き手続をとることなく、公共用物を設置した場合には、不法行為を構成することもあり得よう。しかしながら、鉱業権設定の当時において、既に国が特定の公共用物を設置する計画を具体的にたて、近い将来右計画を現実に実施することにしている場合とか、或は、さらに右計画に基づく公共用物設置の工事に着手しているような場合には、その後に設定された右公共用物設置の予定地域を鉱区の一部とする鉱業権につき、国において、鉱業法五三条・同条の二の手続をとることなく、右当初の計画に基づき、右鉱区内に公共用物を設置しても、そのことは、何ら鉱業権者に対する不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。けだし、鉱業法六四条の制限は、鉱業権者がその鉱業権の設定を受けた当時、その鉱区内又はその付近に右同条所定の公共用物等が現存した場合に、鉱業権者に対して法律上当然に課せられる制限であつて、この場合には補償の問題は生じないところ、鉱業権者が鉱業権の設定を受けた当時には、未だ右六四条所定の公共用物が現実に存在していない場合であつても、その当時、特定の公共用物を設置する計画が具体的にたてられており、かつ、近い将来右計画が実施されることになつている場合とか、或は、さらに右計画に基づく工事が始められているような場合には、右の如き計画がない場合とは異なり、もともと右公共用物設置の予定地域を除外した地域を鉱区とした鉱業権が設定されるべき関係にあつたといえるし(鉱業法三五条参照)、鉱業権者においても、鉱業権設定の当時、将来その鉱区内に公共用物が現実に設置され、鉱業法六四条の制限を受けることを容易に知り得る関係にあるから、補償の要否の点では、鉱業権設定当時、既に右公共用物が現存している場合と同様に扱つても、鉱業権者に対し不当な不利益を負わせることにはならないし、また一方、国においても、公益を実現させるため、一旦特定の公共用物を設置する計画を具体的にたて、これを実施することにしていながら、その後一私人に対して鉱業権が設定されたために、改めて鉱業法五三条同条の二の手続をとらなければ、右当初の計画を実施して公共用物を設置することができないとすることは極めて不合理なことであるからである。

これを本件についてみるに、〈証拠省略〉並びに、弁論の全趣旨を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、高知県内を流れる準用河川日下川は、仁淀川の支流であるが、昭和二一年の南海地震以降全面的に地盤が沈下し、水害による被害がひどくなつたので、被控訴人の国は、地元住民の要望に基づき、右水害の危険を除去するため、日下川の改修工事を計画し、その一環として、高知県高岡郡日高村暮月の日下川河岸から同県吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ直線上に、全長三六九六メートルの水路を開鑿して日下川の水を仁淀川に流すことにしたこと、そして右水路のうち、平野部は暗渠とし、山間部には、全長一五五〇メートルの第一号隧道と全道二二八八メートルの第二号隧道とが設けられることになつたところ、右隧道の設置される位置や大きさ等は、遅くとも昭和三〇年一〇月頃までには、具体的に定められた上(一般に工事の着手前に工事内容が確定していることは経験則上からも明らかである)、同年一一月頃から第一号隧道の掘鑿工事が始められたし、また、昭和三一年二月頃には、第二号隧道を掘鑿する前提として第三斜道の掘鑿工事が始められ、ついで昭和三二年四月頃から、右第三斜道付近から第二号隧道の掘鑿工事が始められて、昭和三五年三月頃には、右隧道工事の全部が完成したこと、なお、本件鉱区内に設置された隧道は、右第二号隧道の一部であつて、昭和三三年二月頃から掘鑿工事の始められた亀谷斜道から約一五〇メートル上流の地点を基点とし、同地点から上流へ約一〇〇メートル進んだ地点までの間の部分であるが、本件鉱区内の右隧道部分の設置場所や大きさ等も昭和三〇年中には確定的に決定されていた上、昭和三二年頃には右第二号隧道の他の部分の工事が始められたこと、一方、現在控訴人の有する本件鉱業権は、訴外中島勉から昭和三二年三月一一日付もつて四国通産局長宛に出された試掘権設定願に基づいて、昭和三三年一月二〇日その許可がなされ、同年二月一三日、登録がなされて設定成立したものであつて、その後控訴人が昭和三三年四月一一日右中島勉から本件鉱業権を譲り受けたものであるから、右鉱業権が設定された当時には、前記の如く、その鉱区内の一部に、前記第二号隧道の一部(本件隧道)が設置されることに確定していたばかりでなく、その設置工事に着手する直前であつたし、さらには当時右第二号隧道の他の部分の工事が始められていたこと、なお、四国通産局長が、本件鉱業権の出願に対する許可処分をするに当つては、既に右出願のあつた鉱区内に本件隧道が設置されることになつていたのであるから、本件隧道の設置される予定地域をその鉱区から除外すべきであつたにも拘らず、当時高知県から本件鉱区内に本件隧道が設置されることになつている旨の連絡を受けながら、右連絡の趣旨を誤解したため、本件隧道の設置される予定地域を鉱区から除外することなく、前述の許可処分を与えて、本件鉱業権が設定されるに至つたものであること、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば、本件鉱業権の設定された当時には、既にその鉱区内に近い将来本件隧道を設置する計画が具体的かつ確定的にたてられており、かつ、本件鉱区内の本件隧道と一体をなす隧道(第二隧道)の他の部分の工事が現実に始められていたのであるから、被控訴人が本件鉱業権の設定された後に、本件鉱区内の隧道設置の工事に着手し、これを完成させたからといつて、そのことは、何等控訴人に対する不法行為を構成するものではないというべきである。

(3) なおまた鉱業権は、鉱区内において他人を排除し、許可を受けた鉱物を掘採取得する独占的な権利ではあるが、土地そのものを目的とする土地所有権又は土地使用権とは別個独立の権利であるから、第三者の所有地を鉱区とする鉱業権が設定された場合には、鉱業権者において、土地所有者との協議又は鉱業法五章に定める「土地の使用及び収用」に関する規定によつて、地下に対する使用権を取得しない限り、土地の所有者、又は、その所有者から土地使用権を与えられた者は、鉱業を目的とさえしなければ、その土地内において隧道を開掘し、又は、井戸を開鑿すること等は自由であり、右隧道等を開掘したからといつて、鉱業権者に対する不法行為を構成するものではないと解すべきところ、これを本件についてみるに、本件鉱業権の設定された土地が控訴人及び被控訴人の所有ではなく、第三者の所有であることは弁論の全趣旨から明らかであり、また、当裁判所も、被控訴人が本件隧道の設置された土地の所有者から、本件隧道を設置するために右土地の使用権を与えられていたものと認定判断するものであつて、その理由は、原判決二二枚目表四行目から同二四枚目裏九行目まで〔編注:原判決理由一3(二)(2)(ロ)の部分〕に記載の通りであるからこれを引用する。右認定に反する〈証拠省略〉は信用できない。

控訴人は、昭和三〇年一一月当時本件隧道が何人の所有の何番地の土地の地下を貫通するかわからなかつたのであるから、被控訴人が右土地の所有者から右の如き土地使用権を与えられたことはないと主張するが、右控訴人の主張事実に副う〈証拠省略〉はたやすく信用できない。却つて、前記の通り、昭和三〇年一一月頃には、日下川改修工事の一環として被控訴人の計画した隧道の設置工事が開始されていたのであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、経験則上、右工事の開始される直前の昭和三〇年一〇月頃までには、本件鉱区内を貫通する隧道を含めた全隧道の設置場所や大きさ等はすべて確定していたものと認むべきであり、また、前記認定の通り、右隧道の設置については各関係地元民の了解を得た上で始められたものであつて、かつ、その際に、土地の使用についても各所有者の承諾があつたものというべきであるから、右控訴人の主張は失当である。

次に、控訴人は、本件隧道の設置された場所は、地表から深いところであつて、地表の支配者である土地所有者の支配の及ばない場所であるから、被控訴人が前記の如く土地所有者からその土地の使用権を与えられたとしても、本件隧道の設置は正当な権利行使ではないと主張しているが、土地の所有権は、土地の上下に及ぶのであつて、前記の通り、鉱業権の設定されている土地の所有者、又は、土地所有者から使用権を与えられた者は、鉱業を目的としない限り、地下を利用して隧道を開掘することは自由であり、鉱業権者において、所定の手続を経て地下使用権を取得しない以上は、右土地所有者らの地下の利用を禁止し、又は、制限する権限はないから、右控訴人の主張は失当である。

(4) してみれば、以上いずれにしても、被控訴人が本件鉱区内に本件隧道を設置したことは、控訴人に対する不法行為を構成するものではないというべきであるから、本件隧道の設置が不法行為を構成することを前提にした控訴人の請求は、その余の点につき判断するまでもなくすべて失当である。

四 (控訴人の予備的請求について)

次に、民法七〇四条後段に基づく控訴人の予備的請求について判断するに、不当利得の成立するためには、一方に法律上の原因のない利得が生じ、他方にその利得の原因である損害の生ずることが必要であつて、同一の財産的価値の移動とみられるような関係、換言すれば、一方の損害が他方の利得に帰したという因果関係が必要であるところ、被控訴人が本件鉱区内に本件隧道を設置したことにより、控訴人が本件隧道の周囲五〇メートルの地域において石灰石を掘採することができなくなり、そのためにその主張の如き損害を蒙つたとしても、右損害がそのまま被控訴人の利得に帰したものとは到底認め難いし、また、控訴人が右石灰石の掘採の制限を受けたことにより何らかの損害を受け、一方被控訴人が本件隧道を設置したことにより何らかの利得を得たとしても、本件における全証拠によるも、右損害と利得との間に同一の財産的価値の移動とみられるような関係、すなわち、控訴人の右損害がそのまま被控訴人の利得に帰した関係を認めることができず、被控訴人が法律上の原因なくして利得をしたいわゆる悪意の受益者であることを認めることはできない。よつて、民法七〇四条後段に基づく控訴人の予備的請求も失当である。

五 (結論)

以上の理由により、控訴人の主位的請求は金七万二〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和三四年九月一八日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるが、その余の主位的請求及び予備的請求はすべて失当である。

よつて、右と異る原判決は一部不当であるから、これを変更し、控訴人の主位的請求を右の限度で認容し、その余の主位的請求及び予備的請求を棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九六条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、なお、仮執行免脱の宣言を付することは相当でないのでこれを付さないこととして、主文の通り判決する。

(裁判官 秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)

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